こぎんさんへ
この記事を書く気持ちになるまでには、
たくさんのたくさんの時間がかかりました。
そして、また自分がブログを続けるためにも、
この記事を書いて、
気持ちに区切りを付けなければならないと思いました。
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数ヶ月前、久しぶりに見つけたこぎんさんの赤いリンゴマークで、
更新に気付いて、訪問したとき、
しばらく私は現実を受け止めることができませんでした。
ご主人様が引き継がれたこぎんさんのブログの記事で、
こぎんさんの訃報を知りました。
しばらくの間、ショックで頭が混乱して、
自分の気持ちをどう整理すればよいのかも分かりませんでした。
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こぎんさんとは、ブログを始めた当初からのお付き合いでした。
実際にお会いしたことはありませんでしたが、
こぎん節の大ファンになり、楽しく記事を読ませてまらっていました。
写真もお上手で、自然の写真もお料理の写真も、
職業としてカメラマンをされているのかしら?と思える程のすばらしい腕前で、
毎回、写真集を見るような気持ちで楽しみにしていました。
こぎんさんの選ぶ言葉や表現も大好きでした。
様々な知識を豊富にお持ちで、
それを私のような凡人にも分かり易い言葉で説明してくださっていました。
行動力もあって、しょっちゅうどこかに出かけてらっしゃいましたね。
一体いつ休んでいるんだろうか?と思うくらい、
精力的にいろんなところにお出かけされていました。
一方で、お仕事も、お母様の介護もなさっていましたね。
食べたことはありませんが、お料理もプロ顔負けで、
写真を見ただけでも、料亭のような美味しそうなステキなお食事でした。
器のセンスもよくて、季節感溢れる食材を上手にお料理されていました。
時々、レシピを真似させて頂いたりしましたが、
こぎんさんのように素敵に盛りつけることができず、
とても同じものとは思えない有様だったことがしばしばありました。。
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私はどんどんこぎんさんのその魅力に、お人柄に惹かれていきました。
恐らく、こぎんさんご自身は、
こんなにも人に影響を与えていたなんて、
気付かれていなかったかもしれませんね。
私のブログ生活の中では、
こぎんさんは、なくてはならない存在の方となっていました。
こぎんさんの記事にコメントを寄せさせて頂くと、
そのコメントに対するお返事が、
またさらに記事以上に心がこもっていて、
いつもありがたく拝読させて頂いてました。
私のつたないブログへも訪問してくださり、
いつも暖かく優しいコメントを寄せてくださっていました。
私は、こぎんさんの言葉に、どれだけ救われてきたことか。。。
辛いときは、心の支えでもありました。。
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こぎんさんが、いつも精力的に活動されていたのは、
今思えば、生き急いでいたのかもしれないとも思ってしまいます。
短すぎた人生の中で、目一杯、全力投球で生き抜かれたのではないでしょうか。
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なんで、こぎんさんだったんだろうって、思ってしまいます。。
こぎんさんじゃなくたっていいじゃないって。。
神様は時としてひどいことをなさる。。
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こぎんさん、
いままで、ありがとうございました。
こぎんさんのこと、大好きでした。
もうこぎん節を聞けないのかと思うと、
胸が締め付けられる思いです。
でも、残されたものの役目として、
こぎんさんから頂いたたくさん思いやりと励ましを胸に、
これからもがんぱって生きていきたいと思います。
どうか天国で安らかにお眠りください。
ご冥福をお祈りいたします。
さようなら。こぎんさん。
こぎんさんの大ファンのぴいより
いのり [日記・雑感]
今日の14時46分
その時刻に神聖な場所に居たくて、
ちょうど午前中、表参道に用事があったので、
時間を合わせて
明治神宮にお参りに行って来ました。
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一年前に失われた多くの尊い命を悼み、
ご冥福をお祈りしました。
そしてご家族、知人の方々に
1日も早く平穏な日々が訪れることを、
これから先、皆が少しでも多くの幸せを感じることができることを、
心を込めて祈りました。
メッセージ [日記・雑感]
以前放送されたNHKの特番で紹介されていた、
福島県飯館村でクリスマスに行われた卒園卒業式
私の中では、ピンポイントにそこだけ支援するっていうのが
少しだけ納得いかない気もしていて、、
あまり期待しないで視聴したのだけど、
その番組の中での、
この卒業式を企画した伊勢谷友介の言葉が
正に私がずっと心の中で思い続けて、叫んでいた思いを
代弁してくれていて、
心に深く響きました。
公共の電波を使って、こういう思いを皆に伝えてくれて
ありがとう。
と心から思いました。
彼は、東京に電気を送るための原発
それが子どもたちの暮らしを一変させたことに責任を感じていて、
こう語っていました。
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原発というものを作って
結果こういうふうになってしまうという事実は
僕ら(大人)が起こした事であって
その結果を作っているのは間違いないですね
それが自分が子ども時代に起きてたら
もう僕 なんて思うかなって
そう考えた時に 本当に正直言って
卒業式やらせてもらってはいるけど
本当はあわせる顔が無い
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そして、伊勢谷友介さんは、卒園卒業式を行うにあたり
子どもたちに対して、こう語りかけました。
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どうもそんな訳で
伊勢谷友介っていいます
今こうやって大変なことがたくさん起きてしまったじゃない
だからほんとにまず僕は皆に本当に謝りたいと思う大人として
そこは本当に申し訳ない
でもここから始めるしかないと思ってて
だからちょっと皆さんの卒業式やらせてもらってもいいですか?
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心からのお詫びの気持ちと
少しでも寄り添い力になりたいという思いが
強く伝わってくるメッセージだったと思います。
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3.11を目前にして
テレビでは特番が目白押しですね。。
しかし、映し出される映像からは
まだまだ進まない復興や
現場の実情にそぐわない使えない制度などの問題ばかりで、
やり切れない思いが募ります。。
しょうかいします [日記・雑感]
あの日からもうすぐ一年
一日だって思い出さない日はありません
毎日被災地に思いを寄せ、
そこに住んでいる人たちのことを考えます。
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もうすぐ一年も経つのに遅れている復興。。
原発もまだまだ予断は許されない状況の中、
避難生活を余儀なくされている人たちがまだたくさんいて、
住まいも仕事も安定しない不安な日々を過ごしています。
そして現場の人たちは、ずっと懸命に働いてくれています。
なのに自分たちは、東京で当たり前のように電気を使って、
毎日を普通に過ごしています。
そのことに心苦しさを感じながらも、
何もできない自分の無力さに
申し訳ない気持ちでいっぱいで。。
毎日を過ごしています。。
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だから私にできること。。考えてみた。
あの日のことを風化させないように、
被災地以外の人も復興に向けた気運が高まるように、
情報を発信することかな。。
少しだけでも力になれるといいな。
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とても怖い辛い悲しい思いをした子どもたちが
つたない言葉で自分たちの思いを伝えています。
怖かったこと、悲しかったこと、
辛かったこと、
でもそれだけではなくて、
感謝の気持ち、
人を思いやる気持ち、
辛いことを乗り越えた自信、
家族や日常の大切さの意味を理解し、
未来に向けての夢を語り、
前向きな気持ちを
せいいっぱい伝えています。
その言葉はとてもまっすぐで、
そして子どもたちの笑顔はくったくなくて、
応援しているつもりだった自分が、
逆に元気をもらいました。
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文藝春秋増刊「つなみ 被災地のこども80人の作文集」 2011年 8月号
- 作者:
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/06/28
- メディア: 雑誌
水平飛び~ [日記・雑感]
きらりから、久しぶりにブログでも更新したら?と言われ、
やっと重い腰を上げました。
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いつの間にか、半年近くも放置していたのですね…
年も明け、新しい一年も始まりましたね。
今年は少しでも多くの笑顔と出会える一年だといいなと思います。
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そんな新年早々、
私、
またやってしまいました…
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先週の朝の通勤途中のこと、
遠くの信号が青に変わったのを見て、
私、47才、つい走ってしまいました。
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あっ!
と思った時には時すでに遅し、
体が宙に浮いたと思ったら、
そのまま前にまっすぐ
手を伸ばしてダイビングして
バッタリと派手に転んでしまいました。。。
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私を昔からよく知る人が聞けば、
またか。。
と言われること間違いなし。。
かつて華の高校生時代にも異名を頂いた、
水平飛びの名手…
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祝
復活![]()
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じゃ~な~く~て!!
この歳でのダイブは、
大惨事となることを身を持って知りました。
倒れた時、直ぐに立ち上がれずにいると、
若者二人が大丈夫ですか?と声をかけてきてくれました。
天使に見えましたよ![]()
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私が手に持っていた無惨にひしゃげたコーヒーが入っていた袋も
拾って捨てて来てくれました。
支えられてやっと上半身を起こした時、
左腕がまったく力が入らないことに気付きました。。
あれれ??
変だな、、?
肩が外れたのか?
めちゃ痛くなってきたし。。
そんな風に考えていました。
救急車呼びましょうか?と言われたけど、
いやいや、それは大げさと思い、
タクシーを止めてもらい、病院に向かいました。
車中、痛みはドンドン増していき、
あー早く外れた肩を入れてもらい楽になりたいなどと考えてました。
車椅子に乗せられ、ヘルパーさんが途中まで付き添ってくれて助かりました。
大きな病院だったので、
その後は、しばらく放置され、、、
やっと来た看護師さんがまだ長く待ちますが、
大丈夫ですか?と聞いてきた時には、
もう痛みで泣きたい状態だったので、
藁にもすがる思いで、いやもう痛くて無理。救急で診てもらえませんか?
ってお願いしちゃいましたよ…
看護師さんは優しかった。
冗談言って気を紛らしてくれたりしました。
必死な形相が功を奏したのか、
待合室は人が溢れていたのに、早く診てもらえました。
レントゲンの結果は、左腕付け根にヒビが入っているとのこと。。
肩はギプスすることはできないから、
温存療法しかないとのことで、
コルセットでぐるぐる巻きにされました。
当分の間、その格好でいろと…
人生3度目の骨折…
今回が一番痛い気がする。
左腕は内出血でパンパンです。
家族にもひかれる程のグロテスクな色彩になっております。。
既に4日経つけど、まだ痛み止の薬が手放せません。
教訓
45歳過ぎたら、決して走ってはいけません。
大事故の元です。
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左手が使えないので、家族に迷惑かけまくりです…
しばらくお世話になりまする。
よろしくお願いいたしまする。
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にしても 久しぶりのソネブロ。。
重たいですなぁ。。。
どうなのこれ?












